映画「娘は戦場で生まれた」を観てみた

写真撮影: 田村公祐  / 文:和田真世 

「娘は戦場で生まれた」のあらすじ

死者数十万人。
泥沼化する戦地シリアで、いま何が起こっているのか――?

ジャーナリストに憧れる学生ワアドは、デモ運動への参加をきっかけにスマホでの撮影を始める。
しかし、平和を願う彼女の想いとは裏腹に、内戦は激化の一途を辿り、独裁政権により美しかった都市は破壊されていく。
そんな中、ワアドは医師を目指す若者ハムザと出会う。
彼は仲間たちと廃墟の中に病院を設け、日々繰り返される空爆の犠牲者の治療にあたっていたが、多くは血まみれの床の上で命を落としていく。
非情な世界の中で、二人は夫婦となり、彼らの間に新しい命が誕生する。
彼女は自由と平和への願いを込めて、アラビア語で「空」を意味する「サマ」と名付けられた。
幸せもつかの間、政府側の攻撃は激しさを増していき、ハムザの病院は街で最後の医療機関となる。
明日をも知れぬ身で母となったワアドは家族や愛すべき人々の生きた証を映像として残すことを心に誓うのだった。
すべては娘のために――。

(「娘は戦場で生まれた」公式サイトより)
2018年春、シリアのアレッポにて。被弾しながらも戦火を耐え抜いた城塞。周囲が廃廃墟と化した今、市民の復興の拠り所となっているに違いない。(撮影: 田村公祐)

映画を観ていて感じた、大きな違和感

映画「娘は戦場で生まれた」を観て真っ先に思い浮かんだのは、「ほんとうのことをつたえてうそをつくことができる」という「哲学入門(三浦つとむ著)」の一節。

―真理は、すべてきまった条件のなかで正しいのです。
その適用される限界があります。
いくら正しい理論でも、その条件を無視し限界を越えて度はずれにひろげるならば、それはまちがいになります。
科学は非科学になり、科学的な哲学は神がかり哲学になるのです。―

1975年に発行された本なので古めかしい言葉が使われていますが、このドキュメンタリー映画はまさにこのやり方で制作されています。
監督のワアドが撮り続けた映像は、戦争の凄惨さを伝える紛れもない真実です。
その真実は限定された条件のなかでの真理であり、シリアの内戦がそこに集約されている訳ではありません。
政府軍、反政府組織、ISIL(イスラム国)、アルカイダ系組織、クルド人組織など数多くの勢力と、その背後にいる外国勢が入り乱れて泥沼化してしまったのがシリア内戦の実状です。

映画では、東アレッポを占拠した反政府組織に属するワアド家族と仲間たちが、政府軍とロシア軍の攻撃を受けて降伏するまでを描いています。
そこでは、反政府組織とアルカイダ系組織が西アレッポを攻撃して数千人の民間人を殺害したことについては、一切触れられていません。

城塞を囲む旧市街は有数の市場だったが壊滅した。新しく飾られた洋服は、いつかここに戻るというかつての店主の願いか。(撮影: 田村公祐)

知らずに観ると、まんまと罠にハマります

何も知らずに「娘は戦場で生まれた」を観た人は、政府軍のアサド政権と支援するロシアは「悪」の権化で、反政府勢力とその背後にいるアメリカや西側諸国が「善」だという認識の罠にハマります。
そして、もし今後アメリカや西側がアサド政権を倒す動きになったとしても、正義の戦争として支持を得るための布石ともなるのでしょう。
(アカデミー賞やカンヌの他、映画祭で賞を獲りまくってるけど、すべてアメリカと西側諸国の映画祭です。)

善か悪か、という二元的な視点でしか語られない戦争は、勧善懲悪に仕立てられた欺瞞的なドキュメンタリーとも言えます。
また、複雑な政治事情は避けてわかりやすくシンプルな筋に、恋愛と出産を絡め、ラストは脱出というハッピーエンド(?)に、エンタメ色の強さも感じました。

(裏話ですが、政府軍に包囲されて物資がないって状況なのに、ワアドはアメリカからの支援でビデオカメラにハードディスクにドローンまで持っていて、その後ワアド家族は難民をほとんど受け入れていないイギリスに逃げ切ったという後日談もあり。ヤバくね?)

生のアーモンドを売る屋台が出ていた。城塞周辺のスークは壊滅したが、少しずつ復興の足跡が聞こえてくる。(撮影:田村公祐)

内戦のはじまる前の、シリアの本当の姿

シリアの子どもたちを支援する団体「Piece of Syria」の代表 中野貴行さんのお話し会を、札幌で2回開催しました。
中野さんは青年海外協力隊員として内戦のはじまる以前のシリアに2年間滞在し、JICAの実施する母子保健活動のプロジェクトに参加していました。
彼の語ってくれたシリアはとても平和で、そして豊かな国で、治安の良さは日本以上。
お節介なくらい親切な人が多く、携帯電話やカメラ、腕時計、現金の入った手帳を落としても、そのまま手元に戻ってきたと言います。
学校教育も小学校から大学まで無料で、就学率は97%という高さでした。

映画では「悪」とされるアサド政権下のシリアは、実は「平和で豊かな国」だったという事実があります。
もちろん政権を正当化したい訳ではなく、独裁政権ならではの抑圧も多々あったと想像します。
それでも、映画「娘は戦場で生まれた」はシリア内戦のほんの一面でしかない、ということを多くの方に知ってもらえたらと願っています。

(ちなみに映画のなかで、ワアドと旦那さんのハムザが娘のサマを連れて戦闘の激しいエリアへ移動するんだけど、子どもは置いていけと思った。あとね、瓦礫のなかで「This is Aleppo What’s Justice」と書いた旗を持ったサマの写真がエンドロールで映されるんだけど、子どもをダシに使いすぎ。)

買い物をする少年。アンタキヤ門近くのスークは被害が軽微だったのか、以前と変わらない風景だった。(撮影:田村公祐)
かつての瀟洒なキリスト教徒地区は、仮設の市場に様変わりしていた。壊滅した旧市街の店が移動してきたと思われるが、とても活気に満ちていた。(撮影: 田村公祐)

シリア内戦について、ざっくりとしたまとめ

2010年12月 チュニジアのジャスミン革命を皮切りに、アラブの春と呼ばれる民主化運動が中東各地に広がりました。
翌年春にはシリアでもアサド政権に対する反政府デモが勃発し、内戦へと発展。
シリア最大の都市アレッポでは、反政府勢力の自由シリア軍やアルカイダ系ヌスラ戦線などが集結し、政府軍と衝突を繰り返しました。
また、イスラム原理主義ISIL(イスラム国)や独立を目指すクルド人勢力も絡み合い、「第二次世界大戦以降、最悪の人道危機」と言われるほどに泥沼化。
当初はアメリカの支援もあって反政府勢力が優勢でしたが、内部の対立が激化してISILが台頭します。
2015年 ロシアによる軍事介入でISILが後退し、翌年末にはアサド政権がアレッポを制圧。
2011年以降、シリア内戦による死亡者数は38万人、国外へ逃れ難民となった人々は670万人にのぼると言われています。

その場で果物を絞って提供してくれる、フレッシュフルーツのジューススタンドも営業を再開。(撮影: 田村公祐)
復興に向けて、道路の舗装もはじまっていた。(撮影: 田村公祐)

中東のアレコレをわかりやすくご紹介したいと思います

2018年、札幌の円山西町で「中東雑貨のセレクトショップ CHAKA」というお店をオープンしました。
北海道では初めてとなる中東雑貨の専門店です。
もともとは趣味のベリーダンスをきっかけに中東に興味を持ち、あちこち旅してすっかり中東文化が好きになりました。
エキゾチックでかわいい雑貨を通して中東諸国の魅力を伝えたいな、とショップをはじめるに至りました。
ほか、イベントを開催したり、ラジオで中東音楽の特集をしたりと地道に活動しています。
サツッターでも中東の気になるアレコレを記事にしてご紹介しますので、皆さま応援よろしくお願いします!

出会った人々に悲壮感はなく、どこか気高さも感じる。復興の道のりは長いが、一筋の希望を見た。(撮影:田村公祐)

娘は戦場で生まれた
2019年製作/100分/G/イギリス・シリア合作
原題:For Sama
配給:トランスフォーマー
http://www.transformer.co.jp/m/forsama/

田村公祐(たむら こうすけ)
1979年、北海道出身。一橋大学経済学部中退。ワイン輸入業。
発祥の地であるオリエントに特化し、現在レバノン、アルメニア、アッシリアのワインを輸入。
アマチュア写真家としても活動。
主にトルコ、シリア、イラク、イラン、コーカサスの風景や少数派の人々を紹介。
http://ancient-w.com/

Piece of Syria(ピース オブ シリア)
シリア支援団体
https://piece-of-syria.org/